ほぐしても治らない肩こりや首コリ持ちは鉄を補充してください
女性の一生は鉄というミネラルで幸福度が左右されます(←断言)今日は鉄に関して、最近感じたことをエッセイ風につらつらと。
コリとしこりと鉄欠乏
「部屋とワイシャツとわたし」みたいに始めてみます。昭和くさいなと思いつつ。
「コリ」は肩コリ、首コリのこと。
「しこり」は子宮筋腫のこと。
子宮筋腫持ちは、高確率で鉄欠乏がある。
理由は、子宮筋腫があると経血量が増えるから。
理論上は「子宮筋腫がある、だから鉄欠乏&貧血」と習ったし、そのことに疑問はないけど、逆に「鉄欠乏&貧血があるから、子宮筋腫ができる」もあるんじゃないかとにらんでます。
慢性的な肩コリ&首コリ持ちも、高確率で鉄欠乏&貧血女子です。
ほぐしたり、鍼治療したり、運動したり、一時的な回避策をとっても、鉄欠乏&貧血女子はすぐにまたコリコリを復活させてしまいます。
”肩が張ってる”とか、”首が固い”という表現よりも、コリッとしたボールのような”塊を感じるコリ”なのです。
わたしもコリコリ族だったのでよーく分かる。
身体は合理的に選択してコリを作っている説
(ここからはわたしの妄想ワールドです)
なんとなくですが、子宮筋腫も肩コリ首コリと、同じ「コリ」なのではないか?と感じています。
子宮の平滑筋にできたコリの発展形が子宮筋腫。
なぜ、鉄欠乏・貧血だとコリや筋腫が発生するのか?
それも身体側の合理的選択の結果でしょう
➡鉄欠乏・貧血だと血液が薄い。
➡酸素を十分に運べない。
➡限られたリソースをどう使うか?身体は選択を迫られる。
当然、身体は生命維持に重要な部分を優先します。それは脳や、心臓や、副腎など。
役目の終わった子宮と身体の表層の筋肉には「今はごめん、こんだけで我慢しといてな」と、雑な対応で配分を少なくする
血流の少なくなった子宮の平滑筋では、細胞の変異が起きます。
「わたしのとこは大丈夫です。他所へ回してあげてください」と、血流が少なくても生きていける筋腫細胞として余生を送る決意をする。みたいな。
稀に、酸素が少なくてもなんとか生き延びようと、暴力的な大変身を遂げてしまうとガン細胞になりますが、ほとんどの細胞たちは筋腫どまりです。
つまり、「子宮筋腫があるから鉄欠乏」ではなく、「鉄欠乏があるから子宮筋腫」というストーリー。
身体の表層の筋肉のコリも同じ。
心臓や脳に比べたら、多少筋肉がヒーヒー言ったところで、命の存続には影響がありません。
鉄が不足したことで、酸素の分配に割を食ったのが、肩コリ・首コリの背景ではないかと。
そう考えると、肩コリ・首コリを根っこから絶つには、十分な酸素の配分が必要になります。つまり鉄の補充が必要です
ほぐして血流を良くすることも解決策ですが、血流がよくなったところでそもそも血液の質が悪ければ根本改善は望めません。
子宮にも、肩にも首にも、コリを根っこから無くしていくなら、レバーや鰹をたくさん食べて、質のよい血液を作っていくことです。
身体のコリと心のコリ
身体にコリを作る人の特長として、心にもコリが多いです
心のコリタイプは主に2つ。
ひとつは、「○○せねば」「○○すべき」といった、ベキベキ、ネバネバ星人。
もう一つが、過去の出来事に対する感情をずーっと抱えたまま生きてる人。
過去の心配や不安が残っていることを「心のしこり」と表現しますが、まさにそれが身体にもシコリとなって表れています。
心のしこりを手放すと、身体のコリも消えていく。
ポエムな表現ですが、自律神経のバランスから考えれば至極当然なこと。
身体のコリも、心のコリとおなじように、「このやろー、早く消えやがれ」と暴力的に揉んだり叩いたりしても無駄、どちらかと言えば「おつかれさん」と、優しく認めてあげたほうが治るのが早いです。
この辺の表現テクは、信頼するセラピスト妙子さんのエッセイを超えるものに出会ったことがありません。ぜひこちらをご賞味ください(リンクになってます)
血液の質をよくすれば全て解決
とりとめもなく書いてみましたが、結局、女子の幸福度は血液の質次第なのです。これはほんと。
人間はそのとき、その瞬間、常にベストな選択をしています。細胞レベルでもしかり。
その結果生じたのがコリなので、コリをなんとかしたい!と、コリばかりに注目してしまうと、その気持ちがまた新たなシコリになります。
最善の選択をして生きながらえようとした細胞たちをリスペクトしつつ、もう安心していいよと鉄を補充しましょう。